Team Shintaku

マラソン元日本代表「新宅雅也」氏が持つスキルを活かし、ランニングを通して、人々の健康維持増進、仲間づくりを行うとともに、長距離ランナーの普及および競技力の向上を図ることにより、日本を代表する『スポーツコミュニティー』『ランナーズコミュニティー』の形成を目的としています。併せて、地域との交流を通し、疎開地開拓を含む安心·安全な環境づくりと地域の活性化に寄与してまいります。お誘いあわせの上、お気軽にご参加ください。


 

「Team Shintaku」は、目的達成のため次の事業を行います。

 

  1. 一般ランナー、ジュニアの指導事業

  2. 競技選手の指導·育成事業

  3. 学校体育支援事業

  4. スポーツイベント企画運営事業

  5. スポーツによる国際交流事業

  6. 地域コミュニティー活性化事業

  7. 健康プログラム開発事業

  8. スポーツを通してのふれあい活動支援事業

  9. スポーツ教室等受託事業

  10. その他

 

主宰者紹介

 

新宅 雅也(永灯至) 2012年6月18日改名

1957年12月生まれ。広島県出身。

 

日本体育大学時代に出場した箱根駅伝では瀬古利彦有する早稲田大学を下し総合優勝を飾った立役者。

その後、SB食品陸上部時代に日本マラソン界の黄金時代を支えた立役者。

モスクワ五輪、ロサンゼルス五輪、ソウル五輪とそれぞれ違う種目で日本代表となったスーパーランナー。第一線を引退後は、三井住友海上陸上部、体育系専門予備校の「体育進学センター」の理事として、スポーツを通しての社会整備·地域の活性化に力を注ぐ。

 

競技暦

 

オリンピック大会

1980年 第22回 モスクワ3,000m障害

             5,000m日本代表

1984年 第23回 ロサンゼルス10,000m日本代表

1988年 第24回 ソウルマラソン日本代表

 

アジア大会

1978年 第8回 バンコク3,000m障害優勝

1982年 第9回 ニューデリー5,000m優勝

1986年 第10回 ソウル10,000m優勝

 

国際大会

1980年 DNガラン国際陸上3,000m障害2位(当時日本記録)

1981年 世界記録挑戦競技会30,000m

    15,000m2位(当時世界記録)(当時日本記録)

1982年 8ヶ国陸上5,000m2位(当時日本記録)

1984年 唐津10マイルロードレース優勝(現在日本記録)

1987年 オスロ国際陸上3,000m8位(当時日本記録)

1989年 全日本実業団ハーフマラソン優勝(当時日本記録)

 

国内大会

1978年 東京箱根間往復関東大学駅伝競走大会第4区優勝

1979年 東京箱根間往復関東大学駅伝競走大会第5区準優勝

1980年 東京箱根間往復関東大学駅伝競走大会第2区優勝

1977年 日本陸上競技選手権大会3,000m障害優勝

1978年 日本陸上競技選手権大会3,000m障害優勝

1979年 日本陸上競技選手権大会3,000m障害優勝

1980年 日本陸上競技選手権大会3,000m障害, 5,000m優勝

1981年 日本陸上競技選手権大会5,000m優勝, 10,000m優勝

1982年 日本陸上競技選手権大会3,000m障害優勝

1983年 日本陸上競技選手権大会3,000m障害優勝, 5,000m優勝

1984年 日本陸上競技選手権大会10,000m優勝

1985年 日本陸上競技選手権大会10,000m優勝

1985年 福岡国際マラソン優勝